平和な共生社会とは何をもって誰を対象に実現するのか。そこが起点となる取り組みを 社会実装コース 平和科学研究センター川野 徳幸 教授 原爆被爆や核被害を社会医学的観点から調査研究する

原爆被爆と核被害をテーマに平和を追求する研究

川野先生が所属する平和科学研究センターは、国内初、国立大学では唯一の平和学の学術的研究機関である。

そのため、先生の専門はもちろん平和学かと思いきや、先生からは、「一番適切な用語で言えば、『被ばく学』でしょうね。もっと言えば、『グローバル核被害』というのが近いでしょうか」との回答。

中心となるのは、広島・長崎の被爆者研究であり、核被害を受けたセミパラチンスクやチェルノブイリおよび福島に関する比較研究という。

「なかでも一番大きな研究テーマは、“原爆被爆者が受けた精神的影響や社会的影響”。そうしたいわれのない被害を被った社会的弱者が、被害に対する福利厚生をいかに受けることができるかということに最も関心があります」と先生。
その手法は、被爆者調査によって数千人の平均値を見ていくというものだ。

「被爆者の代弁をするというのではなくて、我々が知り得るノウハウで平均を見て、そこから理解できることを、研究者の眼を通して、原爆の被害として伝えていく。そうした発信の方が、最終的には原爆被爆者の人たちに、ある意味で寄り添ったり貢献したりすることにつながるだろうという風に、いつも思っているんですよ」。

そこには、個にあまりにも引き寄せられると全体が分からなくなるという判断、さらには、自身の研究は被爆者たちに役立つものでありたいという研究者としての強い思いがある。

そもそも原爆被害というのは、医学・放射性物理学・社会学という3つの領域が理解できなければ分からないと言われている。そのため先生は、社会学から出発しながら、後に広島大学大学院医歯薬保健学研究科(旧:広島大学大学院医歯薬学総合研究科 博士課程)に進み、医学博士号を取得している。

そして、 「原爆投下から70年を経たいまでも分からないことはたくさんあるので、原爆被爆者の研究はずっと続けています。さらに、セミパラチンスクやチェルノブイリの調査研究には、 広島・長崎の知見を生かし被災者を対象にその被害の実態解明に取り組んでいます」と語り、今後はそれぞれの補償制度の比較検討もやりたいと考えているという。

平和を母国に。日本で学ぶ平和教育が力強いツールになる

先生によれば、平和の概念は国や地域によって実にさまざまである。
「日本の中でもいろいろで、広島・長崎は反核。つまり、核のない世界が平和だという定義だし、東京、大阪では、 多義的な平和の意味内容において重点が置かれるところが異なります。あるいは文化、文明によって平和の定義は多様です」 と先生。

そして、平和学における平和の定義は、「直接的暴力がなく、構造的暴力がない世界」というものだ。直接的暴力とは、戦争や紛争をはじめとする、人間が人間に直接手を下すものであり、構造的暴力とは『人間が本来持っている可能性を損なうもの』を指す。

「例えば、平均寿命が55歳くらいという国は世界で10か国くらいあって、なんらかの要因で阻害されている。こういった可能性と現実とのギャップこそが構造的暴力と呼ばれるもの」との解説に、実はこの日本さえもが平和ではないことに気付かされる。平和の実現はなんと難しいことか。

そうした“平和”をキーワードとして、川野先生のもとにやってきた学生は、中米の国コスタリカで教師経験を持つ女性だ。彼女の目指すものについて、先生は次のように解釈している。

「コスタリカというのは、軍隊を持たないので、平和学ではユートピアのような国とされているんです。しかし、実際には警察力が強かったり、地続きの近隣諸国から人が入ってきて、小さな紛争がけっこうあるらしいんですね。そこで彼女は、『平和教育』というメソッドを使って、学校現場から争いや暴力を排除していくということを確立したいという想いがあるのではないかと思います」。

また、指導のスタンスとしては、「やりたいようにやれと言っています」と語り、今後は教材づくりが最も重要になってくるのではないかと推測する。ただ、コスタリカには平和教育という概念自体がなく、先行研究もないために、彼女自身の研究の道はかなり険しいものになりそうだ。

「彼女は教育あるいは文化という側面から平和を構築するという、コスタリカにとってはまったく新しい取り組みをしようとしている。それは争いなどを排除していくための、ひとつの近道なのかもしれないですね。平和教育や平和学といったものをコスタリカに根付かせるということは大変意味のあること。彼女はそうしたことのリーダーになり得る気がするんですよ」と先生は目を細める。そうした彼女の想いは、広島大学の基本理念にも大きく関わるものだ。

平和を考える議論に期待。学生にはさらなる学習を

先生は最後に、たおやかプログラムへの想いを次のように語ってくれた。

「コスタリカから来ている彼女の目標は、まさに、“平和な共生社会”を創り上げていくことなんじゃないかな。こうした学びを提供できるのは広島大学ならではですよね」とその意義を評価。さらに、同プログラムの抱える問題点にも言及する。

「問題だと思うことは大きく2つありますね。ひとつは、履修がけっこう大変なこと。専門領域以外の科目もあるので、とりわけ文系の学生たちにはかなり負担が大きいようですね。もうひとつは、留学生の参加が圧倒的なんだけれども、彼らの多くが日本語に弱いということ。例えば、国内の条件不利地域に行って、比較研究やインタビューがしたいと言ってきても、どうやってやるの?ということになる。授業は英語ですが、できればもっと日本語を勉強すべきですね」。

学生たちの苦労を思いやるとともに、敢えて厳しめの言葉も贈る。

「“平和”というのはいろいろなものを包括するので、研究素材として非常にいいんじゃないかと思うんです。その定義は人それぞれで、平和なるものというのをいかに定義するかといった議論は誰とでもできる。まわりの人との共通認識のなかでそこに合った定義がうまく構築できればいい。分野を越えて、そうしたことを話しながら、一緒に何かを目指していけるのがこのたおやかプログラムなのかなと思います」。

川野 徳幸 教授
カワノ ノリユキ

平和科学研究センター

2001.9.1~2009.9.30 広島大学原爆放射線医科学研究所附属国際放射線情報センター 助手・助教
2009.10.1~2013.5.31 広島大学平和科学研究センター 准教授
2013.6.1~ 広島大学平和科学研究センター 教授